怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

深夜零時の交差点にいた背の高い人

この話は、社会人のYさんが冬の終電後、最寄り駅を出て帰宅途中に体験した出来事。

 

その日は珍しく仕事が長引き、Yさんは終電ぎりぎりに飛び乗った。

無事に地元の駅に着いた頃には、すでに日付が変わっていて、周囲はひっそりしていた。

改札を出ると冷たい風が頬を刺し、街はしんと静まり返っていた。

タクシー乗り場に並ぶほどの距離でもなく、普段から歩いて帰るルートだ。

 

駅前を抜け、家まで向かう途中の大きな交差点に差し掛かったときだった。

向かい側にひとりの人影が立っていた。

背の異様に高い人。

街灯の下に立っているのに、顔は影になっていて見えなかった。

肩のラインが不自然なほど細く、手足は垂れ下がるように長い。

ひょろりとしているのに、どこか輪郭が人間らしくない。

Yさんは一目見ただけで「普通じゃない」と感じた。

信号は赤。

冬らしい冷たい風が交差点を横切っていった。

向かい側の高い人は微動だにせず、ただ首だけをゆっくりと傾けていた。

何を見ているのか分からない。

顔が暗く沈んでいるから表情も分からない。

青になった。だが高い人は動かない。

まっすぐ立ったまま、首の角度だけが妙に傾いたまま。

 

Yさんはできるだけ距離を空けて渡った。

視線を向けないようにし、スマホを見るふりをしながら横断歩道を歩く。

だが、すれ違う直前でどうしても気になり、ほんの一瞬だけ横目で確認してしまった。

 

するとそれはこっちを見ていた。

 

暗がりから浮かび上がるように、その顔がこちらへ向いていた。

目の位置らしき部分は穴のように黒い。

鼻や口の形もあいまいで、人間の顔には見えない。

Yさんは反射的に目を逸らし、歩くスピードを上げた。

とにかく離れようと、歩幅を広げて角を曲がった。

だが背後で何かが、ゆっくりと動いたような気配がした。

振り返るのは怖かった。

けれど確認しないといけないような気持ちになり、Yさんはそっと後ろを見た。

走っているわけではないが、異様に長い足をぎこちない歩幅でこちらへ向けてくる。

さっきまで微動だにしなかったのに、今は確実にYさんの方へ向かってきている。

Yさんは何かが切れるように走り出した。

夜の街を足がもつれそうになりながら必死で駆けた。

背後が気になる、追ってくる足音は聞こえない。

だがそれが余計に怖かった。

あんなに背の高いものが、どんな速度で動いているのか想像できなかった。

気配が追ってきてるような気さえする。

 

Yさんは体力が尽きかけるまでただ走った。

息が荒く、肺が痛むほど冷たい空気を吸い込む。

ようやく立ち止まったとき、街灯が並ぶ広めの道路に出ていた。

後ろをゆっくりと振り返る。

遠くの景色は見えているが、あの高い人の姿はなかった。

ほっとした拍子に膝が震えた。

「気のせいだったんだ」と思い込みたかった。

しかし、頭のどこかでははっきり理解していた。

あれは確かに自分を見て動き出した。

 

それから家までの道を急ぎ足で歩き、家に戻ったときには手がかじかんでいた。

玄関の鍵を閉めた瞬間、ようやく胸の奥に張り付いていた恐怖が少しだけ溶けた。

 

翌日、Yさんは同じ交差点を通勤で通った。

もちろんあの高い人はいなかった。

だが信号の真下のアスファルトにだけ、丸く黒い雨染みのような跡がひとつ残っていた。