会社員のSさんは、夜遅くにかかってきた電話を終えたばかりだった。
スマートフォンの画面に目をやると、通話履歴には「非通知」の文字が並んでいる。
Sさんは首を傾げた。
通話中、確かに画面には友人のKさんの名前が表示されていたはずだ。
会話の内容も、先日Kさんと話していたのと同じ、週末の予定についての話だった。
たわいもない会話を交わし、SさんはKさんと楽しい週末を過ごせることに胸を躍らせていた。
翌日、SさんはKさんに会った時に昨夜の電話のことを尋ねた。
「昨日の夜23時くらいかな、電話してきてくれたでしょ?週末のことなんだけどさ」
Kさんはきょとんとした顔でSさんを見た。
「え?私、昨日その時間はもう寝てたよ。誰とも喋ってないけど」
Sさんの背中にひやりとしたものが走る。
Kさんの言葉に嘘偽りはないように見えた。
では昨夜、あの電話でSさんと話していたのは、一体誰だったのだろうか。
Kさんの声で、Kさんとしか知りえない内容を話していた何かが、Sさんの心に深い影を落とした。
その日以来、Sさんのスマートフォンには、定期的に非通知の着信がかかってくるようになった。
電話に出ると、受話器の向こうからはいつもKさんの声が聞こえてくる。
しかしその声はどこか冷たく、そしてどこか遠い。
会話の内容は、本当にKさんと話しているような日常の些細なことばかり。
しかし、Sさんはもう、その声の主がKさんではないことを知っている。
何度か電話を無視してみたこともあったが、不思議なことに留守電には何も残されていない。
ただ、無音の時間が記録されているだけだった。
Sさんはその奇妙な電話に怯えながらも、どうすることもできなかった。
電話を切っても、またしばらくするとかかってくる。
電話に出れば聞き慣れた友人の声で、日常の会話が始まる。
それはまるで、Sさんの生活に何かが入り込もうとしているかのようだった。
Sさんはその非通知の電話のたびに、じわじわと精神がすり減っていくのを感じていた。
次に電話がかかってきた時、受話器の向こうのKさんは、一体何を話すのだろうか。
そしてその会話の先に、何が待ち受けているのだろうか。
Sさんは、もうその電話に出るのが怖くてたまらなかった。
しかし出なければ何が起こるのか、それもまた想像するだけで身震いするのだった。