これはとある社会人のKさんから聞いた話。
Kさんは、最近引っ越したばかりのアパートに住んでいた。
築年数はそれなりに経っていたが、立地も良く、何より家賃が手頃だったため、すぐに決めたのだ。
窓からは小さな公園が見え、日当たりも良く、Kさんは新生活に期待を膨らませていた。
引っ越してきて数日経った頃、Kさんは夜中にふと目が覚めた。
時計を見ると午前3時。
特に変わった音もせず、ただ静かな部屋に自分の呼吸の音だけが響いていた。
再び眠りにつこうとしたその時、部屋の隅、ベッドの足元あたりから微かに「カタン」という音が聞こえた気がした。
耳を澄ましたがそれきり音はしなかった。
気のせいだろう、とKさんは思いそのまま眠りについた。
翌日も、Kさんはいつも通り仕事に出かけた。
夜になって家に帰り、明日の準備をしていると、また深夜、同じ時間に目が覚めた。
そして昨日と同じ「カタン」という音が、やはり部屋の隅から聞こえてきた。
今度は少しだけはっきりと聞こえた気がした。
Kさんはベッドから降りて、音のした場所を懐中電灯で照らしてみたが、特に変わったものはない。
ただ薄暗い部屋の空気が、少しだけ重いような気がした。
その日から毎晩、決まって午前3時に目が覚めるようになった。
そして部屋の隅から聞こえる「カタン」という音。
最初は微かだったその音は、日を追うごとに、少しずつ少しずつ、大きくなっていった。
ある夜、Kさんは目を覚ますと、すぐには音のする方を見ずに、じっと耳を澄ませた。
するといつもよりはっきりと「カタン」という音が聞こえた後、その音に続いて、何かを引きずるような、微かな「ズル…ズル…」という音が聞こえた気がした。
Kさんは心臓がドクリと跳ねるのを感じた。
しかし恐怖心からか、どうしてもその方向を見ることができない。
Kさんは布団を頭まで被り、全身を硬くして、そのまま朝まで起きることができなかった。
翌朝、Kさんは恐る恐る部屋の隅に目をやった。
しかしそこには何もない。
ただフローリングの床に、昨日までなかったはずの、薄い白い筋のようなものが付いていることに気づいた。
それはまるで何かを引きずったような跡に見えた。
Kさんはゾッとした。
その夜も午前3時。Kさんは、もはや目が覚めるのを恐れていた。
そしてやはり決まった時間に目が覚める。
部屋の隅から聞こえる「カタン」という音。
そしてすぐに続く「ズル…ズル…」という音。
その音が少しずつ、少しずつ、Kさんのベッドの方へ近づいてくるような気がした。
Kさんは恐怖に顔を歪ませながら、じっとその音を聞いていた。
すると音が止まった。
Kさんのベッドのすぐ横で音が止まったのだ。
静寂の中でKさんは、微かに、何かが自分のベッドに這い上がってくるような、「カサッ」という衣擦れのような音を聞いた気がした。
Kさんは、全身が凍り付くような感覚に襲われた。
恐怖で身動き一つ取れない。
自分の顔のすぐ横から冷たい、息づかいのようなものを感じた。
その瞬間、Kさんの恐怖は頂点に達し、Kさんは喉が張り裂けんばかりに「出ていけー!」と叫んだ。
するとその瞬間、それまでKさんのすぐそばにあったはずの冷たい気配が、すっと遠ざかっていくのを感じた。
それ以降、Kさんは夜中に目を覚ますこともなく、部屋からあの不気味な音が聞こえてくることもなくなり、奇妙な体験をすることは二度となかったという。