Cさんがそのキャンプ場を訪れたのは、ちょうど夏が終わる頃だった。
人里から離れた山あいにあるその場所は、シーズンが過ぎると人もまばらで、静かに過ごしたいソロキャンパーには好まれるという。
管理棟も午後5時には閉まり、夜は完全に無人になるのが常だった。
その日、Cさんのサイトには他に客はおらず、まわりのサイトも空のままだった。
焚き火を眺めながら時間を過ごしていたが、炊事場に忘れ物を思い出して、ランタン片手に歩き出したのは夜の10時過ぎだった。
夜の山道は、木々が風に揺れる音と自分の足音だけが響く。
Cさんが炊事場に向かっていると、ふと斜め前方の木々の間から、ぽつんと灯るオレンジ色の光が見えた。
ランタンの灯りだった。
「あれ、誰か来てたっけ?」
不意に感じた疑問にCさんは立ち止まった。
ランタンは地面に置かれているようには見えなかった。
かといって吊り下げられている様子もなく、まるで空中にそのまま浮いているようだった。
しかもその周囲に人影も気配もない。
なんとなく気味が悪くなり、声をかけることもなく引き返そうと背を向けた、そのときだった。
背後から女の声がする。
それは囁きとも呻きともつかない、か細く途切れるような声だった。
思わず息を止め、Cさんはゆっくりと振り返った。
そこには、最初に見えたひとつのランタンだけではなかった。
数えきれないほどのランタンの灯りが、森の中のあちこちでふわりと浮かび上がっていた。
その灯りの下、それぞれに影が立っていた。
人のように見えるが、どれもまったく動かない。
それぞれが微妙に違う形をしていて、あるものは異様に細長く、またあるものは首が折れているように傾いていた。
その中のひとつが、首だけをこちらに向けた。
目が合った━━そう思った瞬間、森の奥から一斉に囁き声がざわざわと聞こえてくる。
Cさんは咄嗟にランタンを振り回し、後退した。
灯りの波がじわじわと押し寄せてくるような錯覚の中、何とか自分のサイトまで戻ると、火が半ば消えかかっていた焚き火に薪をくべ、火を強くした。
その後、朝までテントの外には出なかった。
翌朝、サイトの外には靄のような跡が残っていた。
昨夜見たランタンの灯りの色によく似た、かすかな橙色だった。
Cさんは荷物を片付けてすぐにキャンプ場をあとにした。
帰りがけふと思い立って、途中の道沿いにある小さな資料館に立ち寄った。
そこで見つけた古い新聞記事には、数十年前、その一帯で大規模な山火事があったことが記されていた。
「逃げ遅れた人々の◯◯は身元不明のまま、火の周辺に立ち尽くすように見つかった…」
まるで、まだ帰り道を探しているように━━そう記されていた。
あの夜見た灯りは、今も森の奥でふわふわと浮かび、行き先を失った影たちが、誰かが来るのをじっと待っているのかもしれない。